【横浜ベイスターズTBS時代〜DeNA初期】暗黒時代エピソードまとめ99連発!〜横浜を出る喜び〜

まとめ

joh
皆さんこんばんはMIJINKOblogのjohです!

2016年には球団史上初のCS進出、2017年には1998年以来の日本シリーズ出場と近年躍動しているDeNAベイスターズ。

観客動員数も年々増え続け、18年シーズンには球団史上初の200万人達成。一時観客動員も100万人を割り万年最下位の不人気球団だったとは思えない人気っぷりのDeNAですが、過去には「べ・リーグ」「横浜銀行」「横浜を出る喜び」と言われるほど酷く長い暗黒時代を過ごしていたものです。

DeNAになってからのファンも多いと思いますが、ここで改めて当時の横浜ベイスターズが如何に酷い有様だったのか、エピソードをまとめたので振り返っていきましょう。


ベイスターズ暗黒エピソード99連発

  1. 内川が試合前の練習に来たら誰も来てなかった為相手チームの練習に混ぜてもらっていた
  2. 古木、ベンチで喫煙
  3. 横浜ベイスターズとしての最終戦、石川内野手痛恨のエラーを皮切りに抑えの山口俊が長野に代打逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれ敗北。TBS暗黒ベイスターズに相応しい最期となった。
  4. 寺原 「一人一人の選手が自分に投資して鍛えることが少ないのでは、と感じた」
  5. 橋本将 「こんなチームもあったのか」「試合中にベンチにいる選手が少ない」「やっぱり(横浜への移籍は)間違いだった」
  6. 門倉健 「(野球教室の少年へ向けて)横浜だけはやめとけよ」
  7. 内川  「横浜では誰を信じていいかわからなかった」「僕自身横浜を出て行く喜びはあった」
  8. 仁志  「ここにいると自分までダメになる」
  9. 工藤公康 「横浜の選手は練習しない」
  10. 相川  「(ヤクルトへ移籍して)構えたところにボールが来ることに感動した」
  11. 鶴岡  「(巨人に移籍し)一軍の選手がこんなに練習するもんだとは知らなかった」
  12. 佐伯  「(中日へ移籍し)中日の練習はキツイキツイと聞いていたがやってる練習は全然違う」
  13. 種田 「横浜は中日に比べると正直ぬるい雰囲気のチームでした。野球をしているときとそうでないときの差があまり感じられない集団でした。練習でも試合でもなんとなく始まってなんとなく終わるというか」
  14. 渡辺直人 「グラウンドは野球をやるところ。みんなの練習が終わってからやるならまだいいけど、周りが野球をやっている時にサッカーをやるのはおかしいと思う。楽天だったらぶちのめされているよ。」
  15. 高木豊  「横浜のキャンプを見に行ったら帽子はとっているわ、スパイクを履いてないやつはいるわ、でもうだらだらでした」
  16. 試合中にもベンチ裏でタバコを吸ってるのが当たり前だった為尾花は「ベンチにいて応援しろ」とリトルリーグでも出来ることから教えなければならなかった。
  17. DeNA初年度キャンプでは中畑が声を上げるも選手達は挨拶もできなかった為挨拶の仕方から教えられたという。
  18. 身売りが決定した2011年時点で近年10年中8度の最下位・4年連続最下位・勝率5割以上0回の偉業を達成してしまう。
  19. 当時、中日監督だった落合が「優勝争いしてる時は横浜と戦うのが一番嫌だった」と発言。その理由は「皆横浜相手だと勝てて当たり前だと考え星勘定するため落とせないから」
  20. TBS時代、新外国人が悉く外れ、丸々3年間チームに在籍したのがクルーンと育成前提で獲得したワンイーゼンの2人のみ
  21. 中日吉見が12球団の選手でベストナインを作る企画を行ったが、横浜からは誰も該当者がいなかった為「横浜いねえw」と馬鹿にした挙げ句、苦肉の策でFA移籍済みの村田を選出する。
  22. 開幕前恒例、元プロ野球選手による順位予想で横浜OBも混じる中忖度無しの満場一致で横浜最下位と予想される。
  23. オールスターにファン投票からは誰も選ばれない年があった。
  24. 先発加賀の防御率3.66で3勝12敗
  25. キャンプ中に走り込み用に競技場のトラックを期間いっぱい借りてたら一回も誰も使わずにキャンプ終了
  26. 練習時間になっても選手が来なくてコーチがグランドで日向ぼっこしてた
  27. ユニ着てないスパイク履かずに練習する選手が居た
  28. 石川梶谷の二遊間
  29. 用具係に転身した入来に対して若手選手がジュースを買ってこいとパシリにすることが平然と起こり入来は内心激高しながら言うことを聞いていた
  30. 終盤に出てきてそこそこ活躍した若手投手陣が翌年になったら全員リセットされる
  31. センター下園
  32. 左のワンポイントで出てくるのが防御率7点台の加藤と10点台の篠原
  33. 交流戦で3年連続6勝18敗という偉業を達成
  34. 3番レフト森笠
  35. 外野手として獲得したジョンソンが内野しか守れないというあまりにもザラな調査
  36. 村田、試合中監督室で寝そべりテレビを見る
  37. チームのシーズン勝率が内川の打率を下回る(内川の打率.378、横浜シーズン勝率.338)
  38. 毎年5月にシーズンが終了する
  39. 2009年、開幕6連敗
  40. 2009年開幕1戦目 三浦4被弾4失点 ●YB1-4D
    2戦目 グリン 5失点 ●YB0-5D
    3戦目 小林太 5失点 ●YB0-6D
    4戦目 寺原 5失点 ●YB1-5G
    5戦目 工藤 8失点 ●YB1-12G
    6戦目 ウォーランド 5回3失点も中継ぎ崩壊 ●YB2-9G(6試合目で初タイムリー)先発ローテが一周目で崩壊。その上打線も奮わず終戦が6試合で確定した。
  41. 内野外野共に駒不足に陥り、フェニックスリーグに引退表明した早川を派遣し投手のブランドン、須田を外野で起用する。
  42. 2000年代に入ってから身売りまでの間に規定投球回に到達した生え抜き投手三浦吉見加賀高崎のたったの4名
  43. 身売りが決まったTBSがドラフトで高卒選手を乱獲した通称「嫌がらせドラフト」
  44. 機動力野球をテーマに掲げ石川、渡辺直人、森本の3人で新スーパーカートリオと謳うも3人でシーズン計19盗塁、チーム全体でも31盗塁で盗塁成功率58.5%と散々な結果に
  45. 三浦が開幕直前のオープン戦で被本塁打8、失点14の大炎上をかまし、目が死ぬ。→結果その年の成績は3勝8敗防御率7.23
  46. 代走で登場しては自滅する野中
  47. 大沼が開幕試合に登板し二死二三塁の大ピンチを招いて降板しながらも、さも仕事したかのように上機嫌でハイタッチ
  48. スレッジが1人で3HR7打点を叩き出すもチームは敗北
  49. 石川が罵声の酷さに耐えきれず試合中に耳栓をし始める
  50. 2011年、チーム最多勝が高崎と三浦の5勝
  51. 高崎健太郎が5勝15敗防御率3.45とグロい成績を叩き出す
  52. 新外国人のチアソンが一軍どころ二軍ですら1試合も投げずに消える
  53. 吉村が毎年のようにコーチに直々指導されるもすぐにフォームを変えて迷走を繰り返す。酷い時には1打席ごとに変えていた時も
  54. 下園の選球眼でポジるファン
  55. 史上初の3年連続90敗
  56. 膿を出す為に生え抜きの選手をトレードや戦力外で放出するも代わりに来た選手が次々とチームの雰囲気に飲み込まれる
  57. ぶっちぎりの最下位に陥り、フロントが2年契約中の島田ヘッドコーチに「責任を取って辞めろ」と迫り「分かりました、でもこんなことしてたら誰も来なくなりますよ?」と島田が呆れ果てながら警告すると「ありがとうございます!頑張ります!」と支離滅裂な謎の返答をする
  58. 違反球時代、中日に5回4失点だった来日初先発のゴンザレスのコメントが「今日は最高のピッチングでした」
  59. 加地球団社長が「優勝しなければベイブリッジから飛び込み」宣言したところ横浜国際港から注意される
  60. 二番手捕手の鶴岡をシーズン中にトレード放出したにも拘わらずオフに正捕手の相川もFA流出し、急遽野口を獲得するフロントの戦略性の無さ
  61. 池田氏が球団をTBSから引き継いだ際のセリフ「この会社には普通の会社ならばあるべき、基本的な「仕事の仕組み」がなく、まるで10数年前に時を刻むことをやめてしまったような会社だった」
  62. オープン戦で抜群のピッチングを見せたリーチ、震災に怯え帰国。シーズン途中で戻ってくるも8試合1勝7敗・防御率5.95
  63. ピッチャーの寺原相手にワンポイントで真田を投入
  64. 開幕オーダーにルーキーの松本・山崎が名を連ねる
  65. 1回に8点を取る猛攻を見せ最大9点リードしていたにも関わらず同点に追いつかれ引き分け
  66. 大家が同一カードに2回先発し1回8失点、4回6失点と連続で大炎上
  67. 功労者のほとんどが球団と折り合いが合わず引退勧告を断り出ていく。石井、佐伯、種田etc…
  68. 細山田武山論争
  69. 2010年最終戦終了後にナインの不甲斐なさをずっと見てきた加地球団社長がぶち切れる
  70. 「全力プレー」「全力疾走」というプロとして当たり前の単語がチームの売りのように連呼されるようになる
  71. 渡辺直人がチームのバスに乗れず置いてきぼりになりタクシーでキャンプ地まで向かう
  72. 尾花が眞下の才能に見込みを持って直々にフォーム改造するも契約中に身売りで解任され眞下は迷走を続け戦力外に
  73. 細川を獲得する為、高級中華料理屋で交渉を行いフルコースをご馳走するもあっさり逃げられる
  74. コーチとしてチームに戻ってきた駒田が選手に対して「僕の話を聞いてくれるか」とアドバイスをしようとしたところ「嫌です」と断られ言葉を失った
  75. 大西が二軍落ちした際に「ようわからんけど二軍に落ちました」と監督批判ととられかねない発言をブログでぶちまける
  76. チーム再編の切り札として元ロッテの黒木にコーチオファーを出すも断られ黒木はその後日本ハムのコーチに就任する
  77. 村田が新入団してきた中村紀洋に「うちは厳しいですよ、全力疾走できますか?」と質問し「おう、できるぞ!」と本当にプロなのか?疑わしいやりとりをする
  78. 細山田が1700万円から600万円へ大減俸をくらい「税金を払わないといけないし、これから食事は松屋か吉野家にする。それか先輩にお願いしたりして、なるべく自分のお金を使わないでご飯を食べるようにしないと」と発言
  79. 弥太郎「横浜は練習での集中力も低いし、私服もきちっとしていない。もっとプロ意識を高めないと」
  80. スレッジ「12球団で1番楽と聞いている」「(日ハムに復帰して) 稲葉さん、金子さん、賢介をはじめ、チーム全員が勝つためにやっている。意識の高いチームに戻ることができて良かったと思います」
  81. カスティーヨ「シーズン中盤になって勝利への意欲がなくなると、みんな個人プレーに走ってしまった」
  82. 吉見祐治「(ロッテに移籍して)久しぶりに野球をしていて嬉しいという感情を思い出した」
  83. 中野渡進「(順位予想について)横浜が最下位なことだけは間違いねぇよ。それ以外は知らねーよ。」
  84. 某セ・スコアラー「どこのチームも(横浜戦)22試合で15勝前後を計算している。ウチだけ負けるわけにはいかないから」
  85. 友利結(デニー)「練習をやりたくてもできない。体力が高校レベルだから」
  86. 内川聖一の母「聖一の表情が横浜にいる時とまっったく違うんですよ」
  87. 首位打者と本塁打王がいて最下位
  88. 開幕時の先発ローテ: 06:三浦、土肥、吉見、門倉、ベバリン
    07:三浦、土肥、工藤、寺原、加藤、河村
    08:寺原、ウッド、高崎、工藤、土肥、三浦
    09:三浦、グリン、小林、寺原、工藤、ウォーランド
    10:ランドルフ、寺原、藤江、清水、吉見
    11:山本、大家、高崎、三浦、眞下
    12:高崎、ブランドン、三浦、国吉、山本、ジオ
  89. 2008年に走塁コーチ専任になるも1年でクビにされた高橋雅裕コーチ、クビにされた理由は「村田に盗塁が無かったから」
  90. 高崎健太郎、芸術に目覚める
  91. スポーツニュースで存在をなかったことにされる
  92. 高宮、水差し野郎呼ばわりされる
  93. 那須野、椎野茂に罵倒される。「何故、あそこでインコースのストレートを~」
    (通常級)使わない?
    (比較級)使えないのか?
    (最上級)使いたくないのか?
    椎野級使う度胸もないのか?
  94. 相川もおかしいよ
  95. 村田が中心選手にも関わらず円陣を組む際にやる気をなさそうにして波留に激怒される
  96. TBS上層部が尾花の要望しているトレードを勝手に断ったり相談もせずに勝手にトレードしてることが起こり尾花が解任後に愚痴る
  97. 野口、盗塁フリーパス
  98. 交代を告げられたスタメン選手はベンチに下がると、向かう先はロッカールーム。
    自分のカバンから携帯電話やゲーム機を取り出し“プレー”に集中。
    ベンチで声を出し、仲間を応援したり相手選手をヤジる選手はいなくなる。
    それとは別に、喫煙所で煙をくゆらせながら雑談する選手も少なくなかったという。
  99. 内川「去年までは負けても自分のせいではないという考えもあった」

「横浜の時は借金から始まっていた」

「横浜だと勝っても借金が多くて喜べなかった」

「勝っても負けても変化の無い毎日」

「思ってる事も考えてる事も感じてる事もぶちまけたい事も何もかも沢山ありすぎて意味が分かんない」

「少なからず正常な精神状態ではないのは確か。せっかく明日は誕生日なのにこのままじゃモヤモヤしたまま迎える事になりそう」

「人には言わなかったけど、ちょっと耐えられないぐらいの感覚」

「(横浜が勝てない原因について)ムダなことをやっている」

「ウチ(横浜)に来てるFAの選手は苦しい状況に見えて仕方ない」

「ここ(横浜)にいたら自分がダメになると思った」

「SBからの連絡でスタートラインに立てた」

「強いチームでやれるというのが一番のモチベーション。自分だけで点を稼ぐことができなくても、それをつないでくれる選手、取った点を守れる投手がいるのは、やる気にも大きく影響する」

「昨年までは優勝にかかわることがなかったので、今年初めて交流戦にMVPがあることを知った」

「規定打席到達はどうでもいい。首位打者を獲っても優勝を逃す(横浜)なら、首位打者を獲らないで優勝した方(ソフトバンク)がいい」

おわりに

いかがでしたでしょうか。

本当にプロなのか、本当にこんなことがあったのか、今思うと私も何故このチームを応援していたのか意味不明ですが、これらはすべて事実です。

内川にここまで言わせてしまうなんて当時のベイスターズがどれほど酷いチームだったのか容易に想像がつきますね。

そして、こんな状況の中FA宣言しながらも残留し横浜一筋で現役を終えた三浦大輔は本当に人間なのでしょうか。私なら一刻も早く脱出したいと考えてしまいます…

というよりプロに入った以上、活躍して大金を貰いたいと考えるのが普通だと思うのですが、ロクに練習をしないとは当時の選手達は何を考えていたのでしょうか。部活とは訳が違く生活がかかっているのだから、普通は死に物狂いになるものだと思うのですが…実に不可解です…

もし、当時のベイスターズをもっと詳しく知りたいということであれば「4522敗の記憶」を読むことをオススメします。

以下にリンクを貼っておきますので興味がありましたら読んでみてくださいね♪